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【独自】オウム真理教の恐るべき洗脳 一家惨殺の実行犯の肉声から探る教団の暴走【サタデーステーション】(2026年11月7日)

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【独自】オウム真理教の恐るべき洗脳 一家惨殺の実行犯の肉声から探る教団の暴走【サタデーステーション】(2026年11月7日)
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新興宗教団体・オウム真理教が凶暴化する転換点となった「坂本弁護士一家殺害事件」から11月4日で37年。私たちが入手したのは、実行犯が事件の一部始終を語った音声テープです。なぜ教団は暴走していったのか?恐るべき“洗脳”と“狂気”の実態がみえてきました。(11月7日サタデーステーションOA)

■独自入手 実行犯語る“暴走の原点”

11月2日、公安調査庁がオウム真理教の後継団体に対し、観察処分の更新を請求しました。今もその“脅威”に警戒が続いています。
37年前に発生した坂本弁護士一家殺害事件。幼い命までもが奪われた事件は日本中を恐怖に陥れました。当時、オウム真理教からの脱会支援をしていた坂本弁護士。教団の幹部ら6人が、横浜市内の自宅アパートに押し入り、坂本弁護士に加え、妻のさとこさん、1歳の龍彦ちゃんまでも無残に窒息死させ、遺体を山中に遺棄しました。教団が“組織的な殺人”に至るまで凶暴化していく大きな転換点となった事件です。
私たちが独自に入手したのは、ノンフィクション作家、武田頼政さんによる坂本弁護士一家殺害事件の実行犯へのインタビュー音声です。これまで放送できていなかった部分で、教団の“暴走の原点”が語られていました。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「中川(実行犯)も注射を準備している。(坂本さん宅に)ぞろぞろ行くやないですか。(家に)ドバっと入っていった。要するに子どもをおさえる必要ないんだから」

■若者中心に信者拡大 その裏では…

オウム真理教は、1980年代、麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚が設立した新興宗教団体。サティアンと呼ばれる巨大な施設の建設や、国政選挙に候補者を擁立するなどして、世間の関心を集め、若者を中心に信者を拡大させました。一方で、坂本弁護士一家殺害事件を皮切りに長野県の住宅街や東京の地下鉄で猛毒サリンを使った無差別殺傷事件を起こすなど暴走。最後はサティアン内に隠れていた麻原が逮捕され、解散となりました。
未公開音声からまず浮かび上がってきたのは、麻原の“殺害に対する躊躇のなさ”です。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「(麻原は)坂本弁護士がどうオウムを批判したかとか、そういうのは全部知ってるんだから。要するに『これ以上やらせちゃいけない。もし1人ができなかったら、もうしょうがない。(坂本弁護士一家)3人あれ(殺害)するしかない』と」

声の主は、坂本弁護士一家全員を窒息死させたとされる、岡崎一明元死刑囚、教祖・麻原の側近だった男です。その岡崎ら幹部に、麻原は最初から「一家全員を殺害してもかまわない」と命じたといいます。
この頃のオウム真理教は、信者の増加を背景に政治団体「真理党」の設立に着手。政界進出によるさらなる拡大をもくろんでいました。しかしその裏では、脱会しようとしていた信者を秘密裏に殺害し、それを正当化するかのように「ポア(殺人)による転生」を説き始めるなど、狂気が加速。信者の脱会を支援していた坂本弁護士やその家族も殺害すべきという結論に至ったのです。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「(善悪の)判断がつかないような状態にきていると。普通の道徳とか慣習、そういうものがもう崩れているままだよ」

■恐るべき洗脳 一家惨殺の“真相”

実行犯は岡崎を含めた幹部ら6人。一家惨殺という凶行をためらいなく決行させたのは、麻原の“恐るべき洗脳”でした。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「麻原尊師から『とにかく午前3時に行きなさい』と。だからぞろぞろ行ったわけ、それで、(ドアが)開いたんだよ。『えっ』とかでかい声出せないから、驚いたのは私だよ。午前3時だったから、絶対開いているわけないんだよ」

麻原が指定した午前3時。岡崎らが坂本さん宅に向かうと、玄関の鍵が開いていたのです。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「後から聞いたけど、麻原が言った内容では『シヴァ神の意思(神のお告げ)だから、必ずそういうことはあるよ』というふうに言ったみたいなんだよ。改めて(一同)感服したわけよ」

なぜ鍵が開いていたのか、真相は今も謎のままです。しかし幹部らは“偶然”の無施錠すらも「麻原の予言が的中した」と盲信。狂信的な心理状態のまま、凶行へと突入していったのです。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「坂本弁護士の声だと思うけどね。パッと入った時にたぶん蹴ったり殴ったりする、腹を。そうしたら『アッ』『ウッ』とか言うからね。そのぐらいの声は聞いたよ。中川(実行犯)は注射を2~3回打ったと言っていた。村井と早川(共に実行犯)が奥さんを押さえていた。中川(実行犯)は子供とか、奥さんを注射しに行った。(注射をすると)気絶というか、もう完全に仮死状態になりますから。奥さんのほうは『子供だけは』って言ってたよ、初め。もう切羽詰まった声よ」

悲痛な願いにも耳を貸さず、岡崎らは坂本弁護士と妻・さとこさんの首を絞めて殺害。まだ1歳だった龍彦ちゃんはタオルで顔を覆い、口を押さえつけるなどし、窒息死させました。犯行開始から坂本さんらを運び出すまでわずか“20分”。次々と躊躇なく殺害したことがうかがえます。

■「絶対逃げられない」 洗脳と狂気

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「麻原の指示によると『一応一つ一つバラバラにしなさい』と」

岡崎らは3人の遺体を新潟・富山・長野の山中に別々に埋めました。その際、身勝手な理由から、遺体の歯を折ったといいます。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「私はいつかバレるというか、そうなった時のために歯を折っておく。歯が折られている死体が出てきたら、これだと。完璧に坂本さんのだと」

教団の関与が発覚した際に、自供する“材料”として歯を折ったと言いますが、裁判では、歯を折ったのは遺体の身元をわからなくするためだったことが明らかになっています。
その後、この事件はすぐに解決せず、教団がさらに凶暴化。無差別殺傷テロへと突き進んでしまうのです。この頃の“狂気”について岡崎は。

岡崎一明元死刑囚(1995年当時の主張)
「(信者に)麻酔薬飲ませて垂れ流しさせる。おしめあてて垂れ流しする。自分と同じレベルの人間がおしめを替えてやる。そういうマインドコントロールがある。情けなくなるんだよ。逃げないために、絶対逃げられないために。いや。本当よ。怖いもん。いつ殺されるかわからんもん」

高島彩キャスター:
「今から31年前に語られた実行犯の言葉。当時インタビューをしたノンフィクション作家の武田さんは、今回の音声の公開にどんな想いを持っているんでしょうか?」

板倉朋希アナウンサー:
「取材したテレビ朝日・社会部の西平記者によりますと、『武田さんは複数あるオウム真理教の後継団体の一つを麻原元死刑囚の次男が継承していると知り、過激な思想が再拡大するのではと警戒していて、今回の肉声公開で後継団体への社会の監視が強まることを期待されている』とのことでした」

高島彩キャスター:
「時間が経ち、関心が薄まっていくことへの怖さを感じますね」

板倉朋希アナウンサー:
「また、合計6時間に及ぶインタビューの音声を聞いた西平記者は、『人がいかに恐怖や組織の理論に屈するかを痛感した。カルトや洗脳の構造は、現代でもネットなど身近に形を変えて潜んでいる。“自分は大丈夫”と過信せず違和感を見逃さないことが大切で、同じ悲劇を繰り返さないため“いまの私たちの問題”として考え続ける必要があるのでは』と話していました」

高島彩キャスター:
「柳澤さんは、どのようにお考えですか?」

ジャーナリスト柳澤秀夫氏:
「オウム事件はいまだに終わっていないように思います。事件当時よりも社会は複雑になってきていますし、ネットも発達してきて、とにかく見えにくくなってきていると思うんです。こういった事件を繰り返さないためにも、これを過去のものとせずに、危機感を持って我々一人一人が、いま何をすべきなのか?ということを自らに問い続けることが大切な気がしますね」
[テレ朝NEWS] https://news.tv-asahi.co.jp